Fisher1は、接触感作が成立した個体で、非経皮的(経口、経気道的)に摂取されたアレルゲンが、血流により全身に広がり、到達した遠隔の皮膚でアレルギー反応を起こすことを「全身性接触皮膚炎」と名づけた。
足立ら2は、接触感作の有無にかかわらず、全身的に摂取された金属によりアレルギーを起こす症例を、「全身型金属アレルギー」とよぶことを提唱した。
中山ら3は、歯科金属アレルギーにより、さまざまな形態の皮膚病変が惹起されることを「歯科金属疹」とよんだ。筆者らも、口腔内の金属が、難治性のアトピー性皮膚炎の原因になっていることを報告した45。
また、Fleischmann6の世界最初の「歯科金属アレルギー」の報告も、口腔内アマルガム中の水銀による口内炎と肛門周囲炎の症例についてであった。
さらに、Veien7らは、歯科金属アレルギーについて、口腔内金属がイオンとして溶出し、口腔粘膜や消化管より体内に吸収され、口腔領域だけではなく他の遠隔領域にまでさまざまな皮膚病変が惹起されることを報告した。
口腔粘膜や腸管などから体内に吸収される微量金属は、ほとんどが糞便中に排泄されるが、一部は汗・尿・乳汁中に排泄される8ことも知られている。
これらのことより、歯科金属アレルギーは、口腔内の金属が口腔粘膜や消化管から吸収された後、血行性に全身に運ばれ、到達した部位で汗などを介して炎症反応を起こす「全身性接触皮膚炎」(図1)と捉えることができる。
参考文献
1.Fisher AA. Contact Dermatitis. Philaderphia :Lea and Febiger, 1995:114-129.
2.足立厚子、堀川達弥.全身型金属アレルギー:食事制限の有効性について.臨皮 1992;46:883-889.
3.中山秀夫、村田真道、森戸百子.歯科金属による感作の可能性について.歯界展望 1974;43:382-389.
4.高永和、高理恵子、島津恒敏、丸山剛郎.アトピー性皮膚炎における歯科金属除去による臨床症状の変化に関する研究. 補綴誌 2000;44:658-662.
5.島津恒敏、高永和. アトピー性皮膚炎と歯科金属・レジンアレルギー:抗原特異的リンパ球幼若化反応による検討.皮膚 2000;42:22-30.
6.Fleischmann P. Zur frage der gefahrlichkeit kleinster Quecksilbermengen. Dtsch Med Wochenschr 1928;54:304.
7.Veien NK, Hattel T, Justesen O, Norholm A, Oral challenge with metal Salts(1)Vesicular patch -test -negative hand eczema. Contact Dermatitis 1983;9:402-406/
8.米国研究協議会・編.環境汚染物質の生体への影響3ニッケル.東京;東京化学同人、1977:1.
魚島勝美
新潟大学大学院医歯学総合研究科生体歯科補綴学分野
新潟大学医歯学総合病院冠・ブリッジ診療科金属アレルギー治療
歯科金属アレルギーと疑われるというが…
1920年代にはすでに歯科金属アレルギーの存在が提唱されていたにもかかわらず、本疾患の重要性はほとんど注目されていなかった。本邦でも1970年代には歯科に用いる金属がさまざまな疾患の原因となり得ることが提唱されていたにもかかわらず、本格的に注目され始めたのは1990年代に全国の大学病院で調査が行われてからである。しかしながら、歯科治療に使用されている有機材料も含めたさまざまな材料によるアレルギーに関する実態調査は依然として行われておらず、日本全国の歯科医師がアレルギーに関する正しい知識と認識をもって実態を解明し、対応することが望まれる。
近年では歯科金属アレルギーの存在が広く知られたため、多くの患者がこれを疑われて大学病院に紹介される。しかしなかには、皮膚科の診断を得ることなく、単に口腔内の違和感や、他に明らかな原因があると思われる疾患を理由として受診される方もいる。とくに問題となるのは、皮膚科的な対応が必要となる疾患を、患者が歯科金属アレルギーの可能性に言及したという理由だけで金属アレルギー治療に紹介される場合や、いわゆる不定愁訴への対応として「とりあえずアレルギーの検査を」と言って紹介される場合などである。本書で前述しているように、歯科金属アレルギーはその多くが「全身性接触皮膚炎」であって、口腔内の金属が存在する部位に限局する「アレルギー性接触皮膚炎」の頻度は決して高くないことは覚えておきたい。
本書では歯科金属アレルギーの実際をわかりやすく解説しているが、ここではその診断と治療に関する注意点を中心に解説したい。
発症頻度は高くない
各大学や診療所の調査によれば、歯科金属アレルギーは現実に存在していることが示されている。しかしここで注意すべきは、歯科金属アレルギーの発症頻度は決して高くないということである。全身性接触皮膚炎の原因となるいわゆるアレルゲンには、この世に存在するあらゆる物質が考えられる。口腔内に限局する病変であったとしても、必ずしも口腔内の金属が原因であるわけではなく、他の全身性疾患による病態の1つである可能性も考えなければならない。
もちろん、アレルギーの疑いがある患者を大学病院歯科やこの方面に造詣の深い歯科医師に紹介することをためらう必要はないのだが、その前に必要最低限の知識は必要である。患者が原因のわからない口腔内の疾患や皮膚の病変を訴えたときに必要なことは、その原因として「金属アレルギーがある」と考えるのではなく、他の多くの可能性とともに「金属アレルギーもある」と考えて診断にあたるべきである。CHAPTER7、8でも触れられているが、日常生活での金属への被曝と病態との関連があれば、金属アレルギーを疑うのが当然である。ピアスをはじめとする装飾品や腕時計によって皮膚がかぶれることから金属アレルギーを疑うことは多い。しかし、このような症状があって口腔内に金属があるからといって、そのすべてを歯科金属アレルギーに結びつけることは妥当ではない。あくまでも診断の1つの根拠になり得る現象に過ぎないのである。
パッチテストに為害性がある
パッチテストの信頼性、すなわち感度と特異度に関しては諸説あるが、文献的には7~80%程度とされており1、アレルゲン検索のための検査方法としてはもっとも信頼性が高いとされている。しかし、試薬の種類、つまり検索対象アレルゲンの種類によってその信頼性は異なると考えられるので、注意が必要である。
また、パッチテストに使用する金属試薬の濃度は0.05%~5%とされ、われわれが日常生活で被曝する可能性がほとんどないほど高いことを知っておく必要がある。このことはつまり、パッチテスト実施により新たな感作が惹起される可能性を示唆するものである。パッチテストの実施は患者にとっても負担になることから、本当に必要な検査として実施することは当然ながら、「なんとなく実施」する検査ではないことを知っておくべきである。
発症の原因とメカニズム
にきびや湿疹の原因としてニッケルを多く含むチョコレートなどの食品がアレルギーを引き起こすことはよく知られている。また、現在でも掌蹠膿疱症の治療の第一選択は扁桃腺摘出術であることからもわかるように、体のなかの慢性炎症の存在がこれら疾患の原因となっていることもある。すなわち、歯科金属を原因とするアレルギー疾患があったとしても、それが多因子によって引き起こされている疾患である可能性を考えなければならないということである。
金属アレルギーの発症に関しては、上皮を通り抜けた金属イオンが何らかのタンパク質と結合して抗原提示が行われることによって、その感作が成立することはおよそ合意されているが、惹起の過程についてはほとんど解明されていない。つまり、体内に存在する金属、食品として摂取する金属、接触する金属など、あらゆる可能性を否定せず、かつ感染や他疾患の存在にも配慮する必要があるということである。もちろん、金属アレルギーが多因子による疾患であっても、金属の除去だけで症状が寛解することもあるので混乱しないようにしたい。
最初に皮膚科との連携が必要
皮膚科ではさまざまな診療ガイドラインが作成されている2。われわれ歯科医師にとって、歯科金属アレルギーが対応に苦慮する疾患であるように、皮膚科医にとっても原因がよくわからない疾患に対する診断と治療は困難である。皮膚疾患にはあらゆる症状があり、われわれ門外漢にはその診断は極めて困難である。患者が歯科金属アレルギーを原因とする可能性がある皮膚疾患をもつ場合、最初になすべきことは皮膚科での診断を得ることである。現在では歯科金属アレルギーを理解する皮膚科医が増え、歯科と連携して治療にあたることに躊躇することは少なくなっているように思われる。今後は歯科と皮膚科が連携を強めて、歯科金属アレルギーの診断と治療をよりよいものにしていく努力が必要である。
おわりに
残念ながら歯科金属アレルギーの原因とメカニズムが明らかとなっていない現状では、実際の患者に対する対応を積み重ね、いわゆる疫学的な手法によって真実を推定する以外に、患者を適切に治療する方法を見出す道がない。今後の基礎研究の成果を待つ間、アレルギー疾患に苦しむ患者に少しでもよい医療を提供するために、われわれは多くの可能性を考えざるを得ない。現時点で明確にいえるのは、「歯科金属アレルギーによって発症・増悪する疾患が存在する」ことと、「歯科金属の除去によって軽快する疾患がある」ということだけである。このことを念頭に、できるだけ多くの歯科医師に適切な診断と治療についての理解を深めていただきたい。
参考文献
1.Bourke J,Coulson I,English J, Guidelines for care of contact dermatitis Brit J Dermatol 2001;145:877-885
2.接触皮膚炎診療ガイドライン. 日皮会誌 2009;119(9):1757-1793